生駒山周辺と信貴山まで  その2

 小倉山「教弘寺(きょうこうじ)」

 「宝山寺」から南西の生駒山上へ登ると入園無料の「生駒山上遊園地」ですが、ちょっと脇道にそれて、生駒山東側の中腹を辿りながら南へ行くと、第二阪名道路のトンネルの真上辺りに「教弘寺」があります。役行者が開いたお寺で、後に弘法大師の空海もここで修行をし、中世には奥之坊、中之坊、新坊(あたらしぼう)、大門坊、岡之坊の5坊などを有していましたが、今は本堂、奥之坊、中之坊が残っているだけで、境内には、北朝の年号で正慶二年(1333年)の銘が刻まれた五輪塔や、天正六年(1578年)の銘がある石造の役行者像が、二本歯(普通は一本歯)の高下駄の脇に前鬼後鬼の2匹を従えて彫られています。
 鬼取山「鶴林寺(かくりんじ)」

 更に南へ辿ると、鎌倉時代の「諸山縁起(しょざんえんぎ)」にも寺名が載っている「鶴林寺」が生駒市鬼取町にあって、お寺の山号が鬼取山です。これは役行者がその昔、この辺りで前鬼の儀学(ぎがく)と、後鬼の儀賢(ぎけん)の2匹の鬼の夫婦を捕らえたと云う伝承によるものです。開基は役行者と伝えられていますが、行基の開基とも伝えられ、元は生駒山の山腹(旧鶴林寺跡)に伽藍を有していましたけど、江戸時代になって現在地に移転しています。また、本堂へ向かって右側の山の縁に「南無阿弥陀仏」と彫られた室町時代の六字名号板碑(ろくじみょうごうばんび)や、少し奥に小さな8体の僧侶像等が残っています。
 石造阿弥陀如来立像

 更に南へ辿ると、暗越奈良街道(国道308号線)に突き当たり、西へ上がると「暗峠」で、坂道を暗峠の方へ向うと、街道の右脇に祠が建ち、「石造阿弥陀如来立像」が安置されています。総高136cm(像高107.5cm)で、上部が欠損していますが、来迎印を結んだ像全体を薄肉彫で表わしたうえに面部、衲衣、衣文等を線彫で施し、像左脇に「南无(なむ)阿弥陀仏」、向って右側面に「文永7年(1270年)广午六月日為西仏過去也」の銘があります。また、街道を東へ下ると、近鉄生駒線・南生駒駅へ至る道で、この辺り生駒市の南部「生駒谷」は、飛鳥山の辺当尾大和高原と共に大和の石仏の里でもあります。




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