きなりのさと「下北山村」  その3
 池神社(TEL 07468-5-2241)

 また、国道まで下りて、「池原大橋」を渡らず、国道425号線を南へ向い、大きく2度ほどヘアーピンカーブを曲がって上った所に「明神池」があり、畔に「池神社」が鎮座しています。昔水神が怒り、にわかに池の水面が荒れ狂って渦巻き、村人達がおろおろ手を合わせて祈り、かたずを飲んで見守っていた時、折りしも大峰山で前鬼、後鬼を従え修行中の役行者が、三日三晩祈祷を続けると、やがて水神の怒りがおさまったので、再び暴れない様に、役行者が村人達に命じて社を建て、祭神は「市杵島姫命」、村人の信仰が厚く、御神体の池の畔に周遊1キロの遊歩道と、池から2.6キロの山コースもあり、自然散策に最適です。
 「池神社」の「杉の巨樹」

 「池神社」のご神体である「明神池」は、「そそぐ谷なく、出るに川なき」として崇められ、今でも不敬の事があると雷雨を伴って豪雨となり、また、「浮木様」と呼ばれる古木が水面に浮かんで動き廻り、それに亀が乗っていると、女神が遊びに出られたので吉兆です。なお、「池神社」本殿の東側に樹高約40m、幹周り6.95m、推定樹齢600年、地上から2mの所で2本に枝分かれをした「杉の巨樹」が植わっています。また、「池神社」の西側、道路の脇にも下北山村指定天然記念物の「夫婦杉」が仲良く寄り添って植わっていますが、元々「明神池」の周囲には巨木が多かったけど、豊臣秀吉が大阪城築城の際にほとんど切り倒して献上され、今ではもうそれらの姿を見る事ができません。その後、1615年(慶長20年)5月7日徳川家康に攻められて大阪城が焼け落ちた時、村に残っていた末木が「明神池」に浮かび、七日七夜池の周囲を廻り続けたと云われ、現在その孫木の杉、檜、シイ、カシ、タブノキ等の大木が生えています。
 池の平ハウス(TEL 07468-5-2152)

 なお、静かに水をたたえる「明神池」は、1m以上の鯉が泳ぎ、池の周囲は樹林に囲まれ、また、池の西側に「池の平公園」があり、紀伊半島の山間、標高約400mの高原にある池の平ゴルフ場(TEL 07468-5-2451)は、9ホール、パー30、1783ヤードで、山々の稜線が遥か前方に続いて、鳥のさえずりが聞こえ、高原の爽やかな空気を満喫しながらゆったりラウンド出来るパブリックコースで、ビギナーも安心して利用することが出来るリーズナブルな料金設定がなされ、宿泊が出来るクラブハウスも完備し、更に陸上が250m、サッカー1面、野球場1面、ラグビーなども出来る「池の平公園グランド」を併設しています。
 歴史民俗資料館(TEL 07468-6-0654)

 また、国道425号線を南下して、バス停「浦向」の三叉路に至り、右(西)へ行くと、「奥地川」沿いに登り「白谷トンネル」を抜けると「十津川村」ですけど、三叉路を右(東)へ行くと、「西ノ川」沿いにバス停「上桑原」の辺りに「村立歴史民俗資料館」があります。幾世代も経た民具や器等を展示し、下北山村が培って来た伝統、人々の暮らしの歴史が手に取るようにわかる資料館です。なお、ここは楽しき住宅、大正デモクラシーの住いを目指し、住宅近代化の業績に貢献した故「西村伊作」が村民のために建てて開設した「桑原医院」でした。彼は新宮市で生まれ、母方の実家(下北山村)で大山林家「西村」の養子です。



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