吉野  その5

 脳天大神(龍王院、TEL 07463-2-4880)

 「吉野朝宮跡」を西に見て北へ歩き、役行者像前の石段を455段200m下りると、金峯山寺の一塔頭「脳天大神」です。車なら、県道39号五条吉野線のバス停「左曽口」から左曽川に沿って山道を来ます。脳天は、終戦後、当時の金峯山寺管長、五條覚澄大僧上の夢枕に「初子」と名乗る三十路の美女が立って、暗り谷、地獄谷と呼ばれている蔵王堂の西にある滝に「大峯山同様、女人の行場を顕現すべし」と霊示したのが始まりで、初子は、「岩峯大神」として祀られ、また、首から上の神、金剛蔵王大権現(過去・現在・未来三世の仏、釈迦・観音・弥勒が1つになった姿)の変身である大蛇の脳天大神が龍王院の秘神像です。
 「二天門跡」の「村上義光公忠死之所」

 また、蔵王堂の前「二天門跡」の写真ですが、吉野山は春の桜だけでなく、秋の紅葉も綺麗です。なお、写真の左に二階建ての建物がちらりと写っていますが吉野山ビジターセンター(TEL 07466-2-0137)です。 入館料200円。館内には吉野山を訪れた人に、吉野熊野国立公園の民俗遺産を正しく理解し、その特長を知って頂く為に、実物、模型、写真などを展示して、標本では頭を低くして目の鋭い狐や、茶色の野兎等、歴史については、671年(天智10年)に役行者が金峯山上(大峯山)で蔵王権現を感得して、その姿を桜の木で刻んだ(蔵王堂の本尊)ところから、南朝の歴史などを、ビデオで詳しく判りやすく説明します。
 韋駄天山の「韋駄天」

 「蔵王堂」前の「二天門跡」の石段を下りて、南へ登って行くと、吉野山ビジターセンターを過ぎて直ぐ道の右(西)側に標高370mの小高い丘が在って、「韋駄天山」と云います。頂上には写真の様な小さな社が建っていて後ろに見えるのは北側の「蔵王堂」、南側は崖の直ぐ下に大峯山護持院「東南院」が在り、遠くに「青根ケ峰」も見えています。なお、韋駄天は仏法を守る守護神で、帝釈天に納める仏舎利(釈迦の遺骨)を捷疾鬼(しょうしつき)に奪われた時、足の早い彼が追いかけて行き、取り返して来ました。それ以後足の速い人を韋駄天と云う様になり、また、彼は子供の守り神でも有って、例祭は毎年7月6日です。
 東南院(TEL 07463-2-3005)

 「韋駄天山」の南側に、大峯山寺を護持する5護持院の1つ、金峯山修験本宗・大峯山「東南院」が在ります。役行者の開基で、伽藍建立の際、巽(東南)の方角に一宇を設け、一山の興隆と安穏を祈念する寺院です。入唐僧日円上人を始め、累代高徳の僧を世に送り出し、木曾御嶽山の覚明行者もここで修験の奥義を極めた後、御嶽山を中興開山された云われています。なお、境内に「松尾芭蕉」の句碑も在りますが、彼は1684年(貞亨元年)9月41歳の時に吉野山を訪ねて、「野晒紀行」に吉野の事を書き残しています。

 砧(きぬた)打って 我に聞かせよや 坊が妻




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