漆部(ぬるべ)の郷「曽爾村」  その9

 「延寿院」の本堂「不動堂」

 「ゲート」をくぐって出て、滝川(丈六川)沿いの道をちょっと下って、右の山側の道を上って行くと、天台宗「延寿(えんじゅ)院」へ至ります。役行者を開基とする古刹で、1070年代(承保年間)に僧正縁の黄竜滝発見後、1122年(保安三年)河内の僧・乗智房延僧によって、「延寿院」の前身である黄竜山「青黄竜寺」が創建されました。なお、赤目渓谷は修験道の行場として、「青黄竜寺」が修験者の参集場となり、また、鎌倉時代以後、伊賀一国の納経所となって、八坊伽藍等が建立され、最も隆盛を極めたが、1581年(天正9年)に天正伊賀の乱で、織田方の軍勢に堂塔伽藍を全て焼かれて、灰燼に帰しました。
 「延寿院」の「観音堂」と国重文「石造灯籠」

 その後、江戸時代の1636年(寛永13年)津藩藤堂家の祈願所となり、藩主から寺領を寄進されて、現在は、「観音堂」と「不動院」が残っていますが、国の名勝「赤目滝」一帯の山林は、「延寿院」の所有で、「不動院」の本尊「不動明王」は、目が赤いので「赤目不動」と云われています。なお、「観音堂」の前に建っている国重文「石造灯籠」は、総高2.7mで、花崗岩製六角燈籠、竿に徳治二年(1307年)丁末十一月の銘があり、様式は春日燈籠で、基礎や中台、火袋の側面に厚みのある美しい格狭間を刻んでいます。また、境内に鎌倉時代の作で、市指定文化財の「石造十三重塔」もあって、伊賀国古塔の逸品です。
 「延寿院」の「枝垂れ桜(菩提桜)」

 なお、「延寿院」の境内の片隅に名張市指定文化財で、天然記念物の「枝垂れ桜」が幹に菰を巻かれて、四方に延びた細い枝にはそれぞれつっかい棒をされて植わっていますが、高さ約7.7m、胸高径1.2mで、推定樹齢約350年、昭和2年に後藤新平男爵が「菩提桜」と命名しています。また、「延寿院」には「納経版木」と「不動尊版木」、「黄竜山(牛王)宝印版木」の3枚の版木が残っていて、「納経版木」は、永禄七年(1564年)のもので納経を受け取った印の原板。「不動尊版木」は、信者に出した守り札の原板。「黄竜山版木」は寺が出した守り札の原板で、蛇や鳥が神の使者として「隠し絵」で表されています。




奈良観光表紙に戻る  曽爾村周辺図を開く  前のページに戻る   次のページに進む