二上山の麓、當麻の里  その6

 「竹内街道」の角に建つ「地蔵堂」

 裏庭に「綿弓塚」のある「休憩所」から東へ4軒目「竹内街道」沿からちょっと奥まった所に平成13年新築されたお宅が「司馬遼太郎」さんの母親の里で、そこから更に「竹内街道」を下った所に「地蔵堂」が建っていますが、その横にこの辺りから大峯山へ参上する人の為の常夜灯(石灯籠)が建ち、更にその横に背の低い道路標識(石柱)が建っています。正面には「右大峯山よしのはせ寺道」、右面に「明治三十五年一月大峯三十三度佐々木藤平建之」、左面に「左たいま王寺だるま寺」と彫られています。また、電信柱の後ろに置かれた三角形の石に「左たへま」と彫られ、「竹内街道」から「當麻寺」へ行くための道標です。
 西光院(TEL 0745-48-2364)

 「竹内峠」の他の呼び方を「身枌(みそぎ)峠」と云い、これは「綿弓塚」の西側にある浄土宗「西光院観音堂」の長谷寺式「十一面観音(身枌観音)」、像高185cmに由来します。1538年(天文7年)長谷寺の観音を彫るため楠の霊木を近江から川を下って河内経由で長谷寺へ運ぶ途中、竹内峠が狭く、霊木の梢(こずえ)を切り落して通し、その梢を枌(そ)いで造られたのが金箔仕上げ十一面観音菩薩で、元は竹内字堂の前にあった「未来寺」の本尊ですが、1723年(享保8年)当院に移されて「観音堂」の本尊になり、毎年7月18日会式、また、当院に平安後期の作で重文「木造地蔵菩薩立像」も安置しています。
 歴史国道「竹内街道竹内峠」

 「竹内街道」を上がって行って集落を抜けると国道166号で、更に西へ1.8キロ登ると「竹内峠」、道路標識に「大阪府南河内郡太子町」と書かれ、峠の頂上が大阪と奈良の県境です。なお、「竹内街道」は堺市の大小路から河内平野を東に向かい竹内峠を越えて、葛城市當麻の「長尾神社」へ至る全長約30キロの道で、その内「竹内街道竹内峠」は太子町春日から葛城市「長尾神社」まで約7.4キロの区間、平成7年歴史国道に指定され、国道の脇に「河内国山田郷、役行者遺跡」と彫った石柱の横に祠も建っているが、「從是東、奈良県管轄」と彫った古い道標も未だに建っていて、昔ここらに関所「鶯の関」がありました。




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