二上山の麓、當麻の里  その18

 国史跡「岩屋(石窟遺跡)」

 「二上山」の雌岳頂上から西側を廻って中腹の南へ下ると、樹齢約千年、高さ28m、根周り5.8mの「岩屋杉」が立つ所に「岩屋」があります。上代の寺跡で、西向きに間口7m、高さ6m、奥行き4mの石窟に大小2基の石塔があり、須恵器等も出土し、奈良時代の築造と云われ、大石窟の内部中央の3層の凝灰岩製多層塔(高さ3m)の石塔台座下部に涌水を溜める小坑があり、北壁面には三尊立像の浮き彫りがあるが、剥落が著しく、光背部分の識別が辛うじて出来るだけで、石窟上部の壁面に数カ所円形の水平坑が穿たれ、木造の覆屋構造があった可能性が強く、一説では中将姫が當痲曼陀羅をここで織ったと云われてます。
 二上山「石切場跡」

 「岩屋」から少し西へ下ると「石切場」の跡がありますが、二上山は今から1500万年程前に噴火したトロイデ式の火山で、南側の裾野にある鹿谷寺(ろくたんじ)跡付近を始め、いたる所に火山灰が堆積した凝灰石が見られ、軟らかく細工し安いので、古墳時代終末期に高松塚を始めとする飛鳥の殆どの古墳の石棺や、川原寺、薬師寺、法隆寺などの基壇に用いられ、遠くは京都平安京の造営にも使用されました。なお、中腹では安山岩も取れ、その中に含まれる硬いザクロ石(ガーネット)は、昔から二上山特産の金剛砂で、サンドペーパー、グラインダーの砥石等に利用され、また、雄岳の頂上付近からはサヌカイトも取れます。
 国史蹟「鹿谷寺(ろくたんじ)跡」

 「二上山雌岳」から西へ行って、「竹内峠」へ下りる途中、大阪府南河内郡太子町山田に「鹿谷寺跡」があります。古代の石切場跡に凝灰岩の尾根を幅10m程度南北に切出し、小平地に造られた8世紀奈良時代の寺院の跡と云われ、遺構としては、北寄りに凝灰岩製の「十三重多層塔」と、東側岸壁の浅い石窟に線刻された「如来三尊坐像」、および、西側岸壁寄りの小岩塊に浮彫された「仏立像」一体があるのみですが、「十三重多層塔」は、山地を掘り残して造成されたものと伝えられ、塔の南面には舎利孔が穿たれ、また、石窟内に安置の「如来三尊坐像」は、比較的保存状態もよく、光背や衣の襞、蓮華座などが認められます。
 ダイヤモンド・トレイルのお地蔵さん

 「ダイヤモンド・トレイル(長距離自然歩道)」は昭和44年より大阪府と奈良県が共同で大都市住民に残された自然を保護しつつ自然に親しむ戸外のレクリェーションの場を提供するために整備された歩道で、二上山の北側にある屯鶴峯から二上山、竹内峠、平石峠、岩橋山、大和葛城山、水越峠、金剛山、行者杉、紀見峠、岩湧山、槙尾山まで総延長45キロ、歩道の幅は1〜2mです。なお、ダイヤモンド・トレイルはその殆どが「金剛生駒国定公園」内の中央部を通り、かなりアップダウンのある急勾配の坂道もあり、骨の折れる歩道ですが、二上山を下って、竹内街道と交叉する辺りには写真の様なお地蔵さんも立っています。




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