阪合黒彦(さかあいのくろひこ)皇子墓 JR和歌山線または近鉄吉野線の「吉野口駅」から旧道を南へ行くと、道が二つに分かれ、「右かうや、左大峯」と彫られた道標を見て、「今木川」沿いに左へ向かい、国道309号線から旧道へ入って行くと、左側の山の際に「阪合黒彦皇子墓」があります。皇子の父は、「宋書」で倭の五王の「済」に当るとされた第19代允恭(いんきょう)天皇で、大和國遠飛鳥宮において國を治め、また、彼の兄弟姉妹は、木梨軽皇子、名形大娘皇女、穴穂命(第20代安康天皇)、軽大娘女(衣通姫)、八釣白彦皇子、大泊瀬幼武(第21代雄略天皇)、但馬橘大娘皇女、酒見皇女で、兄の木梨軽皇子と同母妹の軽大娘女は不倫の関係でした。 |
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旧村社「甲(かぶと)神社」 「阪合黒彦皇子墓」から更に国道309号線沿いに旧道を南東へ行くと、街道の左側に「甲神社」が鎮座しています。祭神は、大己貴(おおなむち)命、素戔鳴(すさのお)命、素戔鳴命の兄・月読(つきよみ)命、保食(うけもち)神ですが、保食神は、古来入鹿(いるか)大明神とも称し、神体も三神像の他に蘇我入鹿(そがのいるか)の甲と鎧を祀っていたそうで、1693年(元禄6年)の社寺吟味書(大淀町史)に「無年地甲之明神」と記されているそうです。なお、本殿は、春日造・檜皮葺です。秋の例祭は、古来9月3日でしたが、明治時代の末頃から、10月17日になりました。また、末社が春日神社と伊勢神社です。 |
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泉徳寺(TEL 0745-67-1731) 「甲神社」から、国道309号線を渡って、旧道を約170m行くと、高野山真言宗・役行者一の行場・竜王山「泉徳寺」があります。役行者の草創で「大和志」に今木寺(廃寺)が「今木村一名石光寺又名弥勒寺見元亨釈書、今有金福・泉徳二寺」とあり、今木寺の子院でした。寺伝では「日本書紀」雄略天皇即位前紀条にある黒彦皇子・眉輪王・円大臣を合葬した「新漢(いまきのあや)の擬本(つきもと)の南の丘」のほとり、天狗森に建立した「天狗寺今木寺」と云い、「元亨釈書」では、伯耆(ほうき)大山寺(鳥取県)の蓮入が、1010年頃(寛弘年代)長谷寺に籠居中「弥勒像」を祀って精舎を建立したと伝えています。 |