日本最古の地名、忍坂街道、額田王の里  その4

 無宗派「石位寺(いしいでら)」

 石標「舒明天皇陵」まで下りて、南へ200m行くと、忍阪(おつさか)集落に高円山「石位寺」があります。四柱造の堂は元禄の建立ですが、創建は不明、裏に収蔵庫があり、願主・額田王と伝える重文の「石像浮彫薬師三尊像」を安置し、我が国に現存する最古の石彫三尊仏で、縦1.18m、横1.25m、丸みをもつ厚さ35cmの砂岩に高さ6cmの半肉彫り、本尊は頭上に天蓋(てんがい)を頂いて倚座(いざ)し、両脇侍は立って合掌した姿で、三尊とも肉体の起伏を薄い法衣を通して良く現し、布の質感表現が巧みです。なお、石仏拝観料は200円ですが、事前連絡が必要で、桜井市観光協会(TEL 0744-42-9111)へ。
 国史跡「赤坂天王山古墳」

 「石位寺」から旧道を南へ抜け、国道166号線に出て、バス停「下尾(さがりお)口」から右(西)へ300m上がると、道の右(北)側に「天王山古墳」があります。田の畦道を通って直ぐの所にあり、一辺が約45mの方墳で、高さ約9m、三段に築成され、南に開口した横穴式石室の狭い入口から約8.5mの羨道を入ると、続いて長さ約8.5mの玄室中央やや北寄りに刳抜(こぬき)式の家形石棺が1個置かれています。古墳時代後期6世紀後半の築造と推定され、自由に見学できますが、入口が狭く、中は真っ暗なので懐中電灯が必要です。また、古墳を廻った北側にも古墳があり、近くに多数の小古墳が散在しています。
 倉橋溜池(竜吟鏡)

 天王山古墳から西へ約300m行くと、奈良県の四大溜池の1つ「倉橋(くらはし)溜池」があります。堤長250m、堤高36.5m、受益面積860haで、昭和10年頃関係町村の有志により貯水池計画が発案されたけど、戦争勃発で終戦後まで大きく遅れ、18年の歳月を要して昭和23年やっと完成し、長い工事期間中に犠牲者も出て、入口道路脇に慰霊塔が建てられ、池の北東に「魚釣り組合」の事務所があり、堤防の西端に高さ約3mの「改良事業竣工記念碑」が建っていますが、倉橋溜池の特徴は日本初の開渠式余水捌けで、日本で7番目に大きな土壌堤にセメントを注入し、放水時の決壊を防ぐために内法が石畳です。




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