人麻呂生誕地「葛城市新庄」  その8

 遺跡「地光寺(じこうじ)旧跡」

 「笛吹神社」から東へ下ると、県道30号御所香芝線の手前で、新庄町笛吹小字地光寺に奈良時代の寺院と推定される「地光寺跡」があります。水田から鬼面文軒丸瓦などの古瓦が出土し、また、県道30号線を渡った所に鎮座する「脇田神社」とその手前の水田に礎石があり、互いに関係あるものと考えられ、前者を西遺跡、後者を東遺跡と呼び、前者の西遺跡からは、一辺11.2mの方形で、塔跡と思われる遺構が発見され、凝灰岩の地覆石も出土し、東遺跡の2個の礎石は、花崗岩で、塔の心礎と思われ、東西の両遺跡から新羅(しらぎ)系の鬼面文瓦が出土して、渡来人系の忍海(おしみ)氏の氏寺だろうと推定されています。

 脇田神社(わきたじんじゃ、天満宮)

 古代にあったと思われる「地光寺」の東遺跡に現在鎮座しているのが「脇田神社」で、寺院遺構として、境内の鳥居の側に東塔の心礎と思われる礎石があり、その中央に円形柱座があります。なお、現在の「脇田神社」の社殿は、春日造檜皮葺(かすがづくりひわだぶき)、木造朱塗で、覆屋があり、三方に白壁塗築地塀を巡らしています。また、拝殿は写真のように切妻造(きりづまつくり)で、その前に狛犬一対が座し、他に燈籠3基があります。また、祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、天児屋根命、市杵島姫命(いちきしまひめノみこと)、そして、菅原道真も祀っているので、当社は「天満宮」と云われています。




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