伊賀上野  その7
 蓑虫庵(TEL 0595-23-8921)

 「愛宕神社」から少し北へ戻り、右に折れて東へ向うと、芭蕉五庵(無名庵、西麓庵、東麓庵、瓢竹庵など)の1つで、現在も唯1つ残っている県史跡・名勝「蓑虫庵(みのむしあん)」があります。芭蕉の門弟服部土芳(どぼう)が、1688年(元禄元年)3月4日入庵して、初めは「些中(さちゅう)庵」と呼んでいたが、その数日後に芭蕉が訪れて、面壁の像を描き、「蓑虫の音を聞きにこよ草の庵」と讃してから蓑虫が些中に同音で相通じるので、以後は「蓑虫庵」と呼ぶ様になって、土芳は、1730年(享保15年)1月18日74歳で没するまで、ここに隠棲し、その間伊賀連衆の要で、芭蕉の偉業を後世に伝えました。
 芭蕉の代表作を刻む「古池塚」

 芭蕉が最も好んだ庭に「古池や蛙飛び込む水の音」の句碑が建っています。蕉風開眼を表わす円窓を開けて、飛躍する蛙を浮彫りにした名碑で、後ろの池に今は、蛙が1匹もいません。その他、庭内には、藤堂藩士服部家の養子として、生涯を独身で通し、ここで亡くなった土芳の供養墓を昭和13年1月19日西蓮寺から移した「服部土芳供養墓所」、芭蕉像を安置し、腋侍に土芳の位牌を祀る「芭蕉堂」、土芳の句「卒度往て若菜摘はや鶴の傍」を刻む「若菜塚」、芭蕉43才の時の句碑「よく見ればなづな花咲く垣ねかな」の「なづな塚」、そして、神部満之助氏の句碑「みの虫の音を聞ばやとこの庵」の「みの虫塚」があります。
 真言宗醍醐派「松本院」

 「蓑虫庵」の塀に沿って北へ向かい、更に大通りを渡って北へ行くと、通りに面して右側に、春4月下旬に牡丹が咲く、大峯山当山派「松本院」があります。宗祖は弘法大師空海、派祖が理源大師で、真言宗では通常、本尊は「大日如来」ですが、当院では、「大日如来」の徳を表す「大聖不動尊」を安置しています。毎年1月8日本堂で日に2回、初祈祷が行われ、伊賀市内外から延べ約200人もの参詣客が集まり、長さ約23mの大きな数珠を輪になって皆が繰りながら、般若心経を唱えて家内安全を祈願し、その後、境内で初護摩供が行われ、護摩木を焚きながら参拝者の名を住職が読み上げて、また、家内安全を祈祷されます。



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