伊賀上野  その8
 「心念寺」の「枝垂れ桜」

 「松本院」から更に通りを北へ向かって、三叉路で「金毘羅宮」に突き当たったら、右(東)に行くと、隣が境内に樹齢約500年、幹周り約2.2mの巨樹「枝垂れ桜」が植わっている「心念寺」です。桜は、樹高約7mですが、高さよりも横の広がりが大きく、春4月上旬に見事な花が満開で、山門に枝が掛かり、路地にはみ出しています。なお、伊賀上野での桜は、3月下旬〜4月上旬にかけて、上野城天守閣下「上野公園」、「芭蕉翁記念館」も含めて約800本の桜、そして「鍵屋ノ辻公園」、「旧小田小学校」、「愛宕神社」、「心念寺」で、また、3月下旬に天然記念物「奈良の八重桜」が予野の「花垣神社」で咲きます。
 山渓(さんけい)禅寺

 「心念寺」の右(東)隣が伊賀西国第十四番霊場、臨済宗東福寺派「山渓寺」です。寺号を藤堂高虎から受け、墓所に藤堂藩主の一門で、五千石の侍大将藤堂新七郎藤原朝臣良精の子、主計良忠の墓があり、良忠は京都の北村季吟(貞門俳諧)に学び、良忠(蝉吟)の小姓として、名を宗房(むねふさ)と称していた松尾芭蕉が仕え、芭蕉も主君に従って、共に俳諧の道に精進したが、1666年(寛文6年)4月蝉吟(せんぎん)公が25才で亡くなり、悲嘆にくれた芭蕉は、後に主家を辞し、北村季吟の門に入って学びました。また、当寺に田中善助(鉄城翁)が詫びを入れて差し出した縦横共に9m、超々特大の謝罪状があります。
 室町時代創建の「恵美須神社」

 「山渓寺」から更に東へ向かい、「銀座通り」に出て、右へ曲がってちょっと南へ行き、バス停「恵美須町」の三叉路を左へ曲がると直ぐ、「恵美須神社」が鎮座しています。室町時代1560年頃(永禄年間)教然大徳が霊夢を受け、上野城下の南の外れに広がる蓮池の畔に一宇を建て、蛭子像を祀ったのが蛭子宮の始まりで、祭神の「恵美須大神」は、我が国初の地主神、福徳の神、八重事代主大神です。平成8年12月17日(火)新都市計画により、新しく当地に神殿を建立して遷座されました。初戎大祭は毎年1月19日が宵宮祭、1月20日が本宮祭。仕舞戎大祭は11月20日で、祭礼には福笹吉兆の祓笹を授与されます。



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