日本最古の地名、忍坂街道、額田王の里  その1

 上げ山(桜井皇子の古墳)

 JRおよび近鉄の「桜井駅」から南へ出て、バス停「桜井駅筋」の交差点を左へ曲がって、国道165号線をそのまま西へ向かい、バス停「薬師町」の手前を南へ入ると、高層アパートの東南に「上げ山」があります。元は北東にある「茶臼山」と1つづきで、間に墓地段丘があり、三段に起伏して古墳群をなしていましたが、現在は国道で分断されています。富岡鉄斎によって、桜井皇子の墓とされていますが、桜井皇子は近くの磯城島金刺宮に居られた第29代欽明天皇の子で、姉が飛鳥小懇田宮の推古天皇、弟が倉橋柴垣宮の崇峻天皇です。また、皇子の皇女吉備王(猿石で名高い飛鳥の桧隈墓に眠る)は皇極・孝徳天皇の母です。
 国史跡「桜井茶臼山古墳」

 「上げ山」からまた北へ戻って、国道165号線を東へ行くと、国道の直ぐ脇、北側に「茶臼山古墳」があります。市内にある大小五千の古墳の中では第一の前方後円墳で、全長207m、墳頂に底部穿孔壺型土器を並べた後円部を北に、前方部を南に向け南北形式に築造され、昭和24年秋と翌25年夏に県教育委員会が発掘調査をし、内部構造が古墳時代中前期に属する縦穴式の古い形で、全長6mの石室内を天井石まで全て高価な朱を多量に塗って、かなり何回も大規模な盗掘にあっているけど、石室から碧玉(へきぎょく)で作った玉杖や、玉葉、勾玉、五輪形石製品などが相当数出土し、土地では饒速日命の墓と伝えています。




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