石仏の里「当尾(とうの)」  その3

 一鍬(ひとくわ)地蔵

 コンクリートの道から逸れ、「二尊」の脇を通って 落ち葉の敷き詰められた山道をちょっと登ると左側は田圃ですが、右側は山際で、大きな岩肌を見上げると「一鍬(ひとくわ)地蔵」が彫られています。大きな鍬で、岩肌をあたかも一鍬えぐり取った様な中に高さ1.5mのお地蔵さんが線彫されていますが、風雨にさらされているので、余りはっきりとは判りません。鎌倉時代中期の作と云われています。なお、更に道を山際に沿って登って行き、三叉路で右へ曲がると先の「浄瑠璃寺」の参道へ出られます。また、左へ曲がると、県道33号奈良笠置線へ出られるが、途中にほとんど石仏は無く、ただ1つ「水呑地蔵」が在ります。
 唐臼(からす)の壺

 また、「唐臼の壺二尊」の所まで下りて来て、再びコンクリートの「石仏めぐり」の道へ戻ると、直ぐの三叉路に大きな岩が横たわり、「唐臼の壺」と呼ばれています。岩の真ん中に直径15cmの穴が掘られ、そこに雨水が溜まり、時々烏が水を飲みに来るのかと思っていたら、間違いで、穴が粉を引く唐臼(からうす)に似ていて、それが訛ってカラスになったとか。穴が掘られたのは、先の「唐臼の壺二尊」が彫られた頃、後醍醐天皇が吉野で崩御された後の南北朝時代かも知れませんが、「阿弥陀如来坐像」と「地蔵菩薩立像」の二尊が1つ岩に彫られ「唐臼の壺二尊」と呼ばれるのは、「唐臼の壺」の直ぐ近くに在るからです。
 笑い仏(ぼとけ)

 「唐臼の壺」から左へコンクリートの山道を登り、次の草深い三叉路でちょっと右へ行き左上を見ると、この道のハイライト、当尾の里でもスター級の石仏、「笑い仏」が座っておられます。大きな岩を頭上に乗せた様な格好で、押し潰されそうに見えますが、それでも700年間一時も微笑みを絶やさず、穏やかな顔の「阿弥陀如来三尊坐像」で、「微笑みの仏」とも呼ばれ、窪みを付けた岩の中に厚肉彫りされ、尊厳を感じる前に、何とも言えず親しみを感じてしまうほど可愛らしい仏様で、彫られたのは銘により、鎌倉時代後期1299年(永仁7年)2月、鎌倉前期に宗から渡来した名工、伊行末の系統の伊末行が彫っています。




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